東京地方裁判所 昭和32年(ワ)3033号 判決 1958年8月14日
事実
原告は、被告に対し昭和二十九年一月七日金九十万円を、原告の請求あり次第返還するとの約束で消費寄託したところ、その後原告は被告より昭和三十年三月三日より同年十二月一日までの間に金五十九万六千円の返還を受けただけなので、原告は被告に対し残金三十万四千円とこれに対する支払済までの年五分の割合による損害金の支払を求めると主張した。
被告は抗弁として、原告と被告は昭和二十五年十月頃原告より被告の営む自動車販売業のために出資し、その営業から生ずる利益を分配する旨の匿名組合契約を結び、損益分担は、原告三分の一、被告三分の二の割合と定めた。そして原被告間においては、右契約に基き自動車の売買が行われた都度損益計算をなしてきたが、本件金九十万円は原告の昭和二十九年度の出資金であり、被告は金百八十万円を出して自動車の売買をしたが、値下り等のため金百八十万円の損失を生じた。よつて当初の契約どおりその損失を分担すれば、原告金六十万円、被告金百二十万円であるから、被告は原告に対し、原告の出資金九十万円より右金六十万円をさし引いた金三十万円を返還すれば足りるのであるが、被告はすでにこれを越える金五十九万六千円を返還したのであるから、被告は原告に対し何ら負担すべき債務はないと主張した、
理由
原告は本件金九十万円について、原告より被告に消費寄託した金員であると主張するに対し、被告は、本件金員は匿名組合契約に基く出資金である旨主張するので、この点について判断するのに、証拠を綜合すると、次の事実を認めることができる。
昭和二十四、五年頃原告は、被告から「自動車の売買業をするのだが資金を出してくれ、利益の三分の一はその都度差し上げるから」と申し込まれ、これを承諾し、爾来数回にわたり、「右金額正に御預り致しました。貴殿御入用の際は何時にても御返済致します。」旨記載した預り証を差入れさせて本件金九十万円の交付に至るまで数万円ないし金五十万円位の金員を交付し、被告は右金員に、その二倍にあたる自己資金を加えて自己の名で自動車売買を営み、売買成立の都度利益を計算してその三分の一の金員と、前記交付を受けた金員を原告に渡していたこと(本件の金九十万円の交付に至るまでは、被告の事業は常に利益を出していて、損失を蒙つたことはなかつたので、当事者間に紛争は起きなかつた。)を認めることができる。
ところで本件金九十万円は、昭和二十九年一月七日原告から被告に渡されたものであるが、それを交付するに至つた経緯は次のとおりである。すなわち、原告はその頃、被告から前項の趣旨のもとに金九十万円を出してほしいと申し込まれたが、原告としては、従来金五十万円以上の大金を被告の事業のために出したことはなかつたし、自動車売買業の見通しは必ずしも楽観を許されないと聞き及んでいたので始めは渋つたのであるが、被告から仮りに損失があつても絶対に迷惑をかけず必ずその額は返すから是非出してくれと懇請され、利益はなくとも、元金だけは必ず返してほしいと念を押した上、預り証に被告の妻梅沢伊津が立会人として捺印して差し入れることを求めたところ、被告はこれを了承して同預り証を差し入れて金九十万円を原告より交付を受けた。
右預り証には「一、金九拾万円右金額正に御預り致しました。若し貴殿方において御入用の節は何時なりとも御返済致します事を御約束致します。念の為一札差し入れて置きます。昭和二十九年一月七日預り主梅沢徳松、立会人妻梅沢伊津小林伊作様」と記載されていることは甲一号証(右預り証)に徴して明らかである。以上認定した事実に基いて考えると、本件の金九十万円は、原告の主張するとおり、被告に対し消費寄託されたものと認めるのが相当である。
被告は右金員が匿名組合契約に基く出資金であると主張する有力な根拠として、被告が前記事業において損失が生じた場合には、原告三分の一、被告三分の二の割合でそれを負担する旨約定したものであると主張するので、この点について判断するのに、被告本人尋問の結果によると、従来、被告において右事業により利益をあげた際には、その額と原、被告の分配額を計算して明らかにしてこれを原告に示した上、原告にその分配額を渡していたことが認められるけれども、若し被告主張のように、損失が生じた場合においても、利益があがつた場合と同じく、損失額と原被告の分担額を計算してこれを明らかにして原告に示した上、原告の出資額から上記損失分担額を控除して返還すれば足りるわけである。ところで、第二回の被告本人尋問の結果によると、被告は、原告から受け取つた金九十万円に自己資金を金百八十万円出して自動車売買をしたのであるが、その結果約金百八十万円の損失を生じたことが認められる。そうだとすると、被告は、その損失額を金百八十万円とすれば、その三分の一の金六十万円が原告の負担分であるから、金九十万円からそれを控除して金三十万円を原告に返還すれば足りることになる。
もつとも、道義上、右返還すべき額以上の金銭を交付することは勿論ありうることであろうが、その場合においても、経験則に照らし、損失額を明らかにして返還すべき額と、これとは別に単に道義上交付するに過ぎない金員とを一応区別するのが通常であると考えられる。
証人梅沢伊津の証言及び被告本人尋問の結果中には、当初から損失の分担についても、原告がその三分の一を分担する旨の約定があつた旨の供述があるけれども、前記の損害が生じた場合において合計五十九万六千円の返還をした際、その損害額を明らかにした上、原、被告の分担額を計算してそれを原告に示して、返還すべき出資金額と道義上交付するにすぎない金額とを区別したか否かの点については、その部分の供述は的確なものといえず、かえつて被告は損害額の正確な数字も原告に示さず、合計金五十九万六千円の金員を返す際にも、単に残額についての返済の猶予を乞うに過ぎなかつたことが認められるから、これに前記認定の諸事実を併せ考えると、前記損失分担の約定は存在しなかつたものと解するのが相当である。
よつて被告は原告に対し本件消費寄託金の残金及びこれに対する年五分の割合による金員を支払うべき義務があるというべきであるから、原告の請求は正当であるとしてこれを認容した。